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DATE: CATEGORY:あかりの思い出
翌日、伯母が合流しました。夕闇が迫ると、つっかけを履き、母と伯母が幼い頃からお世話になった知人宅へ挨拶回りに出かけました。これが、N-35を持っての外出デヴューでした。

はじめは、私の出産に立ち会った助産婦さんのお宅です。年齢は、祖母と同じくらいで、私にとっては『もう一人のおばあちゃん』の存在でした。助産婦さんは、私が行くたびに成長を顔をほころばせて喜んでくれたものです。

「おんもは涼しいから、でんちにぎにぎして歩いてみようか。」

「はい。」

「道を歩くときは、左手でも点けらるようしてね。」

「どうして?」

初めて左手だけを使うので、これもまた緊張の瞬間でした。

「歩行者は右側通行だからね。クルマが突っ込んで来たら危ないでしょう。お母さんとお手てつなげないと。」

「うーん、わかった。さっき、町でお買い物していたとき、オート三輪が曲がるのが怖かった。」

「そうだね。こっちに突っ込んでくると思ったもんね。」

交通安全の知識も教わっていた時期でした。

「やってみるね。」

握りしめると、まずは、親指と人差し指でボタンを挟み、凹ませました。点灯前にこうやるのが癖になっていきました。

「電信柱の近くは明るいから、そこまでがんばってみな。」

「はい。」

部屋からもれ出る光を頼りに、玄関を出て飛び石を跨ぎました。門扉を開け、点灯準備です。

「さぁ、行くよ。しっかり照らしてね。」

「はい。」

スライドを一つ上げ、親指でボタンを押すと、人差し指といっしょに挟んで戻らないようにしました。左折して、石畳を歩きました。足軽長屋は、2階建ての総檜造りの集合住宅群で、「おやしき」と呼ばれていました。祖母の家の手前に長屋形式で1軒、向かいに長屋形式で2軒建っていました。まっすぐ城山方面に登った右側に長屋形式で2軒ありました。その手前で左折し、城山の裏手へ向かうと、長屋が2軒建ち並んでいました。

(しばらくして)

「最初の柱だよ。」

「消すね。」

(パチン)

「いい音。こーんなにでっぱったね。」

すり抜けたボタンの側面を親指と人差し指で撫でていました。ボタンは自然に凹んだり出っ張ったりしていました。

「うーん。」

やがて、右折しました。ここには人家がなく、城山の南東が暗がりになりました。アオダイショウなどの蛇がたくさん住んでいて、母と昼間歩いたとき、トグロを巻いていて、回り道して帰ってきました。そんなわけで、注意深く照らすよう言われました。「暗くなったよ。しっかり照らして。」

母は、私の指先をつねるようにつけさせました。

(ギューッ)

「はい。こうやって点けているんだよね。」

「わかった、わかった。」

「ここはお城の入口だよ。」

石段を照らしました。

「ここを右に行くとお城の公園だ。」

「朝、ラジオ体操に来たね。」

「こっちからも入れるんだね。」

左側には田園風景が広がっていました。

やがて、海水浴客のための民宿街が広がっていました。ここからは、街路燈がたくさんあり、スライドを消灯位置にして歩きました。やがて、バス通りに出ました。

あいさつ回りが終わると、街の中心を歩き、買い物をしました。各商店で何を売っているのか覚えながら帰りました。来た道を左手点灯で戻りました。無事に出来たことがまた1つ自信になりました。
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